ある日、森の中

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死産後の生活13:2年越しの後悔の羅列

2年が経ってしまった。ハッピーバースデー、我が子。

ついこの間のことのような気もするし、ずっと昔のことのような、なんなら妊娠や死産なんて本当にありましたっけ?という感じもある。自分の中で、未だにどのように位置づければよいのかよくわからない。

今年も去年と同じく、命日が先に来て、その3日後に誕生日を迎えた。一方、今年は去年よりも気分が落ち込み、悲しい気持ち・重い身体感覚でこの怒涛の我が子ウィークを過ごしている。モヤモヤ、うじうじとしているいくつかの「後悔」。これまでも考えてこなかったわけではないけれど、今週はひどい。吐き出しておこうと思う。

 

今年はとても暑い。この暑さが2年前に大きなお腹を抱えて、暑い…しんどい…と思いながら歩いていたことを思い出せる。暑さっていうのは体全体で人の記憶や感覚を呼び起こすものなのか。当時も今も通勤に使っている横断歩道を歩くだけで、毎日暑くてしんどかったことを思い出している。それなのに胎動がどんな感じだったのかは思い出せない。自分のことだけかよ…と呆れる。

検診では問題なしと毎回言われていたけれど、行くたびに胎児の体のサイズが基準の週数より小さいとは言われていた。亡くなる直前の検診ではだいたい2週間分くらい小さいということだった。もっとご飯をたくさん食べれば良かったのかな、と思う。お腹が大きくなってきた頃の妊婦ってご飯をたくさん食べるイメージだったけれど、思い返すと、私はそんなにたくさん食べていなかった。というかいつも通りだった。中にもう一人いるのに食事はいつもと同じで良いわけがない。

新幹線や車で出張にも行っていた。ああいうのもやめればよかったのかな、と思う。別に軽んじていたわけではないし、それまでの自分の仕事や出張からすると減らしてはいたから、体を大事にしていたつもりはあった。でも、さあもう産休は目前だ!という人間が長距離移動するのはやっぱりおかしかったのかもしれない。救いは、夫に長距離移動が良くなかったのかなと呟いたら、それで何かが起こっているならもっと移動していた前の時期に何か起こっているはずだからそれは関係ないよと言ってくれたことだ。救いというか、自分に言い聞かせて生きている。

お腹や胎動に対して撫でたり話しかけたりすることをあまりやっていなかったと思う。話しかけてはもちろんいたけれど、どうしても仕事しているときは意識を切り替えないと集中できなかったり、なんとなくモードが違ったりして、「赤ちゃん! 楽しみ! 胎教! もうすぐ会えるね〜!!」みたいな語りかけをじゅうぶんにしてこなかった。産休に入ったら存分に話しかけ、準備をしようと思っていたら、産休直前にいなくなってしまった。もう今は会えない人との思い出…という経験が人生で多いわけではないけれど、なんとなくそういう思い出が強かったり多かったりするほどつらいのかな、と思っていた。でも、今振り返ると、思い出せることがあまりない、というのもそれはそれでつらいものだなと思う。かと言って、めっちゃくちゃ楽しみにしてスタイや服を買ったり名前の候補をノートに書き連ねたりたくさん話しかけたりしていたら、そのギャップもかなり苦しそう。どちらがいいのかはよくわからない。でも、今のところ、思い出を作りたい人とは思う存分、話して関わっておいた方がいいな、と感じている。

 

2年経って、日常生活は普通に送れているし、そんなに意識せずに暮らしていて、少しずつ前向きになっていたつもりだけど、たくさんの後悔がぐるぐると渦巻きながら「消えたい…」と思うほどに落ち込むことがまだあるんだということに驚いた。Anniversary effect、こわい。

気持ちには波がある、とわかっているから今は無理をしないでおく。

 

ハッピーバースデー、我が子。

もし目を開けて、喋ったり動いたりしていたら、どんなふうに成長していたのかなぁ。自分の想像力の乏しさが残念だ。