はじめての人工授精
「人工授精」と「人工受精」のどちらが正しいのだろう。いくつか医療機関のホームページを見ていると、「授精」と「受精」が混在している。日本産婦人科学会のホームページでは、「人工授精」「体外受精」「顕微授精」とあった。
「精子を授ける」「精子を受ける」の違いなのだろうか。それなら「人工受精」が正しいような気もする。
そんなことを考え始めた、タイミングをとり始めて5ヶ月目。うち1回は排卵なし。「一度は妊娠しているから大丈夫」と言っていた主治医も、こりゃ厳しいなと思ったのか、「年齢もあるし、あんまりのんびりはしてられないよね」と宣った。私もそう思う。ということで、初めての人工授精に取り組んだ。
事前説明
相変わらず無表情・超早口の看護師から説明を受けた。他の看護師さん相手だとだんだんと軽い雑談をしたりできるようになってきたのだけど、この人の時はとにかく聞き落とさないように集中するしかない。採取した精子を2時間以内に持ってくる…くらいはなんとなく知っていたけど、渡された容器が昔のカメラのフィルムケースの一回り大きいやつ、みたいな意外とちゃちい…感じに驚き、しかもそれを「ブラジャーかショーツの中に入れて人肌に密着させて持ってきてください」というのに二度驚いた。
原始的!
もっとなんかいい持ち運び方ないの?!
私の行っているクリニックが実は結構古い体質で本当は最先端な何かがあるんじゃなかろうか…と思って検索してみたけれど、他にも同じような説明をホームページに載せているところがいくつかあったので、ここがとりわけおかしいわけでもなさそうだった。ホッカイロ巻いてたらダメなのかなぁと思ったけれど、熱すぎてもダメだという…。
こうやって調べながら「精子を採取して持っていく」という行動自体に拒否感があることに気づいた。精子の採取も持っていくことも、なんだか不自然。なんか変。妊娠するってそういうことなの? うっすらと感じてはいたけれど、さあやるぞとなったらそんな感覚が強まった。次のステップはそうするといいんだよねハイハイ、と受け入れていたと思っていたのに、話を聞くだけなのと、実際に自分がするのとでは感じ方が全然違った。物分かりのいいフリをしていただけか。
こんな曖昧な抵抗感、もしかしたら不妊治療に踏み出すか踏み出さまいか迷っている人、よく知らずに反対してしまう他人、アレコレ言う外野が持っているのかもしれない。世の中には人工的で不自然なものは溢れているのに。
当日
もやっとしつつも予約をしてしまったので、問答無用でその日はやってきた。
私は午前の会議に出て午後は休みをとり、夫は職場と調整して昼休みに一旦帰宅した。
私の方が遅く帰ると、夫は精子の入ったフィルムケースをお腹であっためているところだった。確実にさっきマスターベーションを終えたであろう人に、私はなんて声をかければいいのか。そんなことでまたもやっとした私に、夫は「ケースからこぼさないでとれてよかったー」と笑った。あれ、とっても普通。必要な仕事を終えた人の顔だ。
フィルムケースを受け取り、私もお腹に入れることにした。こんなこともあろうかと脂肪を腹に蓄えている。夫は仕事に戻った。
しかし、予約までまだ時間がある。ケースをお腹に入れたまま、なんだか落ち着かず、ぼーっとしたり漫画読んだりして過ごした。
お茶でも飲もう、と立ち上がろうとして、ケースが横に傾かないよう支える。
ときどき、ちゃんと肌に触れているか心配になってそっと向きを確かめる。
そんなふうに何度かお腹に入れたケースを触っているうちに、なんだか不思議と自分が大事なものを扱っているような気がしてきた(大事なものなんだけど)。傾けないように、落とさないように、大事なものを、そーっと、そーっと。気持ちが行動を形作っていくことが多いだろうけれど、今回は完全に行動が気持ちを作った。悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ。
そうこうしているうちに出かける時間となった。お腹にフィルムケースを忍ばせ、出かけた。外に出た時も、落とさないよう気をつけて、なんとなくお腹の辺りを支えていった。大事なものを運んでいる感がますます強くなった。命の半分を運んでいる。
前日までの抵抗感がゼロ…とは言えないけれど、大幅になくなった。行動してみるもんだ。
クリニックでは活発な精子を取り出すのに1時間ほど待った。培養士の方が丁寧に説明してくれ、調整した精子を見せてくれた。夫の精子を褒められるという初めての経験をした(同時に、やっぱり私の方の問題かーと思った)。
人工的に精子を入れるだけ、ということを初めて知った。
「受精」か「授精」か悩んだのに、「人工精子注入」が正解だった。
自費診療 19,500円也
クレジットカードが使えたらポイントがすごく貯まるのになぁ…。
大事な半分を抱えて持っていった、という感覚が得られただけでも今回はとても有意義だった。
うまくいけばもちろん嬉しいけれども、まあ、その辺りは神頼み。