ある日、森の中

思ったこと、考えたこと、調べたこと、経験したこと

ウィリーズ英語塾をやめたけど、英語の練習は続ける

今年はこれだ! と思っていた決意も虚しく、ウィリーズ英語塾をやめた。

とても気に入っていたことは以前書いた通り。ただ、問題だったのは、以前に頑張るぞと書いた直後に担任講師が辞めてしまい、変わったこと。そこから、うまく合う担任を見つけることができなかった。大変良いと思った担任制の弱点をモロに浴びた。

 

最初の担任はとても良かった。明るく、厳しく、私がつっかからずに言えるまで何度も繰り返し英文を言わせるスタイル。もちろん、週1のレッスン1時間だけ言えても意味はなく、その前後の予習復習が大事なので、言えるように練習していた。ただ、家庭の事情か何かで急に辞めてしまった。まあ、仕方ない。家庭は大事にしてほしい。

 

その直後は、事務局からあててもらった担任2となったが、最初の自己紹介で子どもはいないのかと聞かれ、逡巡しつつも英語では説明できんと思って仕方なく「いない」と答えたら、「子ども持った方がいいよー」的なことを言われ、ああ、これはもう無理と思ってしまった。これは完全に私の都合なので、英語講師としてのスキル云々の話ではない。あと、担任1のような先生いないのかな…と探してみたかったところがある。

 

担任3はいい感じに文章を作らせたり、質問したりしてくれたが、フィリピン講師の中でも久しぶりに聞くフィリピンの英語! という発音で、全然話せていない私が言うのもおこがましいが、シャドウイングをするのにどうなんだろう…と思ってしまった。

 

単発で予約できるポイントがあったので、普段と違う時間に予約してみた臨時担任4はいい感じだったのだが、私が通常とりたい時間には開いておらず、残念。

 

担任5は、明るくていい人だったけれど、脱線・おしゃべりが多かった。フリートーク中心のレッスンならリスニングのトレーニングと思えただろうが、もう完全にこっちは塾と思ってやっているので(そもそも、講師のおしゃべりについていける力があればこの塾には入っていないわけで)、生徒より講師の方がたくさん喋ってるという状況はどうなのと思いつつ、講師に先に進んでほしいとかシャドウイングしようよとか言わないとなぁと思っていた時に、ふと、担任を毎回考えなくて良くてやることもきまっているのがウリなのに、なんでこんなに短期間で担任どうするか探して決まった内容をやりたいんですけどとどう言おうか頭を悩ませているのか…と思ったら、一旦終わっとこう、という結論にすとんと落ち着いてしまった。

(レッスン内容は講師にリクエストしよう!という助言がホームページ上にはあるので、一応、瞬間英作文のパートはこう進めてほしい…と一度伝えたことがある。それ自体はすぐに受け入れられた。なので、もっとストレートに全部言えば良かったのかなぁと今は思うが、ちょうど仕事も立て込んでいたりして、その余裕が私になかった。余裕は大事)

 

ただ、英語の練習方法自体は結構いい感じかもと思っている。

レッスンをしている期間中、英語圏の人と話す機会があったが、以前よりも自分が話す英語がスッと出やすくなった気がしたからだ。当たり前だけど、会話っていろんな短い文章のつながりでできてるんだなぁと実感した。短い文でも時間かけて考えてわかるのとパッと言えるのとは違うということと、短い文が話せると長い会話がしやすくなるということを体験するよい機会だった。教材も方法も手元にはあるので、なんとか自力で進めていこうと思う。一人だとさぼってしまうのが心配ではあるけれど、そうなったらまたお世話になります。

 

 

 

 

不妊治療に行き始めた

死産から1年ちょっと、妊活を再開してから半年が経った。

「次の年は妊娠しやすい」というのは嘘か真か。死産した1年以内に妊娠したという方をTwitterで見たり、リアルにも1人きいたりしたので、なんとかなるかなと思っていたが、今のところどうにもなっておらず、毎月トイレで「やぁ、またお会いしましたね…」と挨拶を交わすばかり。

 

不妊」とは、妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間妊娠しないものをいいます。日本産科婦人科学会では、この「一定期間」について「1年というのが一般的である」と定義しています。

(日本産婦人科学会ホームページ)

ただし、35歳を過ぎたら半年妊娠しなければ治療に行った方が良い、という話もあり、以前の妊娠は30代半ばだったけれども、今や立派な30代後半になったことを自覚して、行くべきではないかと思い立った。 

・・・のが8月後半。近所を調べてみて、隣の大きな市にある不妊治療専門クリニックが遅くまでやってて良さそうと思い、一度電話したところ、

「生理の直後か、排卵の少し前に来てもらえたら、せっかく来ていただくので検査もできた方がいいと思いますよ」

と言われ、生理の直後はわかるけど、排卵の少し前って、それを教えてくれるために行くんじゃないのかよーと思って、初めてのことに不安が強い私は混乱したのだった。

 

そして、今回妊娠してるかもしれないしーと悪足掻きをして、今月は様子見ようと思い、結局、ただ時間が流れただけに終わった。「様子見」と言う時って、大概、ただやりたくない時だよなと実感。まあ、心構えの時間が必要なこともある。

 

受診

それでもぎりぎりまで何かに抵抗し、診察受付のほぼ最後の時間に滑り込んだ。予想はしていたけれど、待合室にたくさんの人。ほとんどが女性、ときどき配偶者らしき男性、稀に子ども。ああ、ここにいる人たち、みんな、子どもができないことに困ってここにいるんかな…と思うと、なんだか元気が出た。心の仲間は大事だ。不妊治療専門クリニックなので、妊娠したら基本的には一般の産婦人科に移っていくため、少なくともお腹の大きな妊婦さんを見かけることがないのも良かった。出産も対応している産婦人科で、不妊治療もしてますというところがあるけれど、待合室で妊婦見ながら不妊治療に通うのは、私だったらしんどい。

問診票に、結婚期間や不妊の状況を書く欄があり、

  • 避妊していないが、妊娠しなかった
  • 妊娠はしたが、流産した

という選択肢があったので、二つ目にチェックを入れ、余白に「死産」と書き込んだ。週数も書いたのでわかるだろうけれど、選択肢の文章にも入っていないあたり、やっぱり数も多くはないのだろうか。ないことにされてしまうようで悲しい。

 

看護師の説明

ネットで一通り読んで、なんとなくわかっているつもりだったけれど、いざ、自分ごととして、排卵・受精・妊娠の仕組み、基礎体温、血液検査、フーナーテスト、卵管造影検査、人工授精、体外受精、ここまでは保険診療、ここからは自費…と一気に説明されると、「ちょっと何言ってるかわかんない」状態だった。看護師が淀みなく喋るのを聞きながら、立て板に水ってこういうことかなぁとか思っている間に説明は終わった。向こうもネットで見てるでしょと思って、こんな感じになるのだろうか。最後に冊子を渡されたが、最初から、患者の手元に残るこの冊子に沿って説明してくれたら良くないですかね。「卵管造影検査は痛くありません」と強調されたことだけが印象に残っている(そのあとの診察でも言われた)。よっぽどこれまで「痛いんですか?」「痛いんですよね?」「ネットで痛いって見たんですが」と聞かされてきたのだろうと想像した。

 

看護師さんの説明から1時間半ほどさらに待つ。小説でも持ってくれば、この待ち時間は大したことはない。

 

診察

開口一番、「長い時間お待たせしてごめんなさいね〜」と白髪の混じった医師は私に謝った。話している間、視線が私と全然合わず、早口で良く動く初老の院長だ。こっちが待つの覚悟で遅くに来てるんですこちらこそ遅い時間にすみません…と心の中で謝った(現実には、「あ…いえ…」としか言えない小心者)。医者が謝ると途端に印象が良くなるのなんでだろう。

カルテに貼られた問診票を見た医者は、「あーーー、残念だったねぇ。私も家内が2回流産しててねぇ・・・残念だったねぇ」と言い、今後の見通しを早口で説明し、内診して子宮はきれいだねと見せてくれたのち、最後に「うん、前回は残念だったけど、これから頑張ろうね」と言って締め括った。

「頑張る」という言葉は難しいなと常々思っていて、「頑張る」と気合い入れても具体的にどうすればいいかわからないよなとか、「頑張ってます」とだけ言われてそれ以上突っ込めないと面倒だなとか、「頑張ってね」と伝えた相手がもうこんなに頑張ってるのに!と思ったりしてもいけないなとか、余計なことを考えてしまうのだけど、今回「頑張ろうね」と言われてみて、私自身がなんとかやっていこうと思い立ったときに、サポートされるであろう相手から言われる「頑張ろうね」は、なかなかグッとくるものだなと知った。

頑張ろうと思う。

 

来院から2時間で会計まで終了した。

 

ちなみに2回目の診察

少し早めに行ったおかげか、初回より待ち時間は少なかった。

でも、呼ばれてすぐに「内診台でお待ちくださーい」と看護師に言われ、ズボンとパンツを脱いで内診台に座って待つこと5分。

顔を合わせて診察する前に股を診る、ということに驚愕したし面白かった。

引越し先で新しい歯医者に初めて行った時、口の周りに全部布がかけられて治療され、「私はここでは人じゃない、歯だ…」と自分に言い聞かせたことを思い出した。

今回は、人としてよりも先に、お股として診てもらうのだ。なかなかすごい世界に来たのかもしれない。

もちろんそのあとにちゃんと人として話がされ、タイミングを指示されて終了した。

 

今のところ

今回のタイミングで終わっちゃうといいなと期待したが、そううまくはいかず、受診1周期目はやっぱりトイレで経血と再会した。

まあ、頑張ろうと思う。

 

 

 

減ったこと、増えたもの

妊娠前後でも生活はだいぶ変わったなーと思っていたけれど、死産前後でも生活は変わった気がする。大きく変わったことはなんだろうと考えると、減ったことを2つ、増えたものを1つ、挙げることができるのではないかと思った。どうでもいいが、仕事量は変わらない。

 

減ったこと 

写真を撮ること

別にカメラの趣味があるわけでもなく、インスタに写真を載せまくるわけでもない。

ただ、面白いものや記念のものをスマホで撮って、しばらくして見返すとこれなんだっけと思い出せないこともある、というくらいが私の写真だった。

去年の夏、その時もう2年と少し使っていたスマホを買い替えた。写真やアプリで容量がそこそこいっぱいになっていたので、新しくして、子どもが産まれたら他の人たちのように写真や動画をいっぱい撮るぞと思っていたのだった。

結局、新しくしたスマホには、亡くなって産まれた赤ちゃんとの写真が11枚、保存された。その後、母と妹と旅行に行った写真と夫と出かけた時の写真が数枚あるけれど、以前のように「何これおもしろーい」とか「美味しそうー」というノリでは写真を撮らなくなった。必要があって撮った写真は用が済めば削除する。だって、保存する写真が増えたらスクロールしないと赤ちゃんの写真が見られなくなってしまう。

突然心拍が止まり、対面して数日で火葬され、目の前からいなくなってしまった我が子の儚さを保存するには写真ではとても足りない。触れた感じ、脆さ、小さい手足、大事なものが全然保存しきれていない。そして、そんな我が子以上に撮影したいものって普段の生活にはないんだなあ。前のスマホには写真がいっぱいあったけれど、一体何を撮っていたのか。

きっとまた撮りまくることがあるとすれば、次に私たちの子どもがやってきたときだろう。

 

歌を歌うこと

歌はキケンだ。

「愛しいあなた」「どこにいったの」「世界に一つだけの」といった歌詞、以前ならなんでもなく聞いていた曲や恋愛の曲と思っていたものが、突然、脳内でスイッチを入れてくる。悲しみを呼び起こし、淋しさでいっぱいになり、涙が止まらなくなる時もある。

いつだったか、「瑠璃色の地球」という曲を初めて聞く機会があり、なんだかめちゃくちゃ泣けた。でも今、改めて歌詞を見ても、なんで泣いたのか全然わからない。松田聖子の曲らしい。

最近は、ラガーマンとサラリーマンが闘うドラマ「ノーサイド・ゲーム」にハマって、主題歌「馬と鹿」で米津玄師を今更ながら初めてちゃんと聞いて、リズムやメロディーがいいなと思って、他の曲も聞いてみたいけれど、歌詞がなんだか泣けそうなので結局聞いていない。

車通勤の運転中に大きな声で歌ったり、カラオケに行ったりするのが好きだったけれど、これまで何もなく聴いて歌っていた歌もどこにトラップが潜んでいるかわからないし、運転中に涙が止まらなくなるのは結構大変なので控えている。その代わりに今は、洋楽を聞くか、英語のレッスンのCDを聞きながらぶつぶつ喋る練習をしている。悲しさや淋しさから逃れるように英語の練習をしているとも言える。

 

 

増えたもの

おりん

我が子の骨壷が鎮座するこぢんまりとした棚が増えたのは当然として、先日、その棚におりんが仲間入りした。おりん、つまり、仏具。チリーンと鳴らすやつ。生まれて初めて「お仏壇のはせがわ」で買い物をした。 その昔、祖父母の家でしか見たことも鳴らしたこともなかったものを導入することになるとは…と、またちょっと悲しくもなったけれど、どうせなら素敵なものがいいなと思って選んだら、実は2018年のGOOD DESIGN AWARDだった。グッドデザイン賞って何にでもあるんだな。

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もともとは夫が導入を希望し、私はそんなに興味がなかった、というか、

「おりんだなんて、なんというか、供養感が強いよなぁ・・・」

と、変えることのできない現実を拒否するように過ごしてきたけれど、いざ飾ってみるとなかなか良い。音もかわいらしく、我が子のまわりを華やかにしてくれている。

1年が経ち、ゆるやかに受け止め方は変わってきている。これが一番の変化かもしれない。

 

 

 

 

「たのしい幼稚園」に見た性差と情報格差

幼稚園に通う姪と仲良くなりたいばかりにプリキュアを毎週見ている。そして中学生女子と宇宙人達の葛藤と友情に涙して疲れてんのかな私…と思ったりもする。

そんな中、コンビニでプリキュアが表紙になっている「たのしい幼稚園」11月号を見つけて、つい買ってしまった。

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プリキュアやリカちゃんをホログラムできらきらに! 「きらきらホログラムぬりえあそびセット」が付録の『たのしい幼稚園11月号』は9月30日発売!|株式会社講談社のプレスリリース

 

(よく見たら発売日前)

 

人生初の「たのしい幼稚園」。

私は保育園に通っていたので、現役幼児の時にもきっと買わなかったのではないかと思う。読んでみて、性差と情報格差があるんだなぁ…と気づいたことを書く。

 

性差

雑誌タイトルが「たのしい幼稚園」なので、園児が好きなキャラクターがいっぱい載っているのかなと思って見てみたが、予想に反して、女児をターゲットにしたであろうページでいっぱいだった。プリキュアマイメロ、リカちゃん、シルバニア男児向けが想定されるのは仮面ライダーリュウソウジャーが1ページずつのみ。ひらがなの練習やシール貼りなど、性差が関係ないページもあるものの、全体的にはこの雑誌は女児向けなんだなぁ、ということを初めて知った。表紙もプリキュアなので、そりゃそうだという感じだけど、こんなにあからさまだとは思わなかったので驚いた。

それで、男児をターゲットにした雑誌は別であるのかなと思って、講談社のページを調べてみた。

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講談社こども倶楽部

 

表紙で判断する限り、以下の感じに分類できそう。

 

【女児ターゲットと考えられるもの】

おともだち
たのしい幼稚園
おともだち♥ピンク
たの幼 ひめぐみ
Aneひめ(小1〜3年向け)

男児ターゲットと考えられるもの】

テレビマガジン

【より年少の子ども向け(性差なし)】

げんき
NHKおかあさんといっしょ
いないいないばあっ!

 

なんだ、「Aneひめ」て。AneCanか。(でもAneCan小学館

つまり、女児ターゲット5冊に対して、男児ターゲット1冊ということだ。

(もし隔月等で男児ターゲット、女児ターゲットが入れ替わっている雑誌があったとしたらこのカウントは変わるけれど、とりあえず今、表紙で判断した状況で)

 

これまでなんとなく、雑誌1冊に男児向けページと女児向けページが半々で入っているのかな、と思っていた。でも、よく考えれば、きょうだいで兄・妹、もしくは、姉・弟のペアだったとしても、この雑誌の対象年齢がかぶるのってきっと1年くらい(年長と年少とか)だろうから、いっそどちらかの性に限定して雑誌を作った方が売れやすいのかもしれない(被っている1年は半々ページで楽しめたとしても、残り2年は男児か女児のどちらかしか園児ではないので、男児ターゲットもしくは女児ターゲットのページしか見ない、のだとしたら損が大きいと考えて保護者が買わないかもしれない)。だから、まず、どの雑誌を読むか、という時点で、得られる情報が男児向けか、女児向けか、性差がかなりはっきり出るのだと思う。

まあ、内容に関する性差は、テレビ番組やCMを見ても明らかなので、いい。私が驚いたのは、女児/男児をターゲットにしている雑誌の冊数だ。

女児ターゲット雑誌5:男児ターゲット雑誌1、ということは、女児の方が選択肢が多く、「雑誌を読む」ということが男児よりもしやすいということになる。きっと、男児は女児よりも雑誌や本(絵本)を読まない、という判断があるのだろうと思うけれど、雑誌の数に差がある結果として、男児の方が雑誌を手に取る機会が減り、女児の方が増える。すると、女児はよく本や雑誌を読む一方、男児は外で遊んでいる、という差が助長されるのではないだろうか。しかも、雑誌の中には(たの幼しか見てないけど)、ひらがなの練習やシール貼りなどが含まれるので、女児はそういった細かい手作業に触れる機会も増えることになる。

また、タイトルを見ると、女児ターゲット雑誌は、幼稚園で楽しくお友達と過ごす、というメッセージが込められていて、周囲とのコミュニケーションを中心に過ごすことが幼児期から社会的に求められているのだと思った。もちろん、それがいかんということはないのだけど、男児だってお友達と楽しく過ごすし、おしゃべり苦手な女児もいる。その個人差はあるけれど、雑誌(あるいは社会)が発する性差に関するメッセージは幼児期からガンガンに始まっているのだ、ということが、ちょっと衝撃だった。

(出産祝いからして売り場はブルーとピンクの2色なので、産まれる前から性差は存在しているとも言えるけれど)

 

情報格差

雑誌の中に、プリキュアの新しいキャラクターがちょっとだけ描かれていた。プリキュアの仲間っぽい(私は毎週、結構真剣に楽しみに見ているので、先の展開を今知りたくなかったー! と軽くショックだった)。私がたまたま発売日前に手にしてしまっただけで、本来の発売日の頃にはこのキャラクターが出ているのかなとも思ったけれど、そうでもなかった(9/29のプリキュアはえれながサボテン星人を接待する回だった)。

もしこれを園児が見たら、「新しいプリキュアだ!」とわくわくするのかもしれない。そして、「新しいプリキュアが出るんだよ」と園で友達に言うかもしれない。雑誌を読んでいない園児は「どういうこと?」「教えて」と尋ねるかもしれない。

つまり、この雑誌を読んでいるかいないかで持ちうる情報量が変わるということだ。インターネット現代では、どれだけの情報量にアクセスできるか、が重要なのではないかと思う。何かを調べる時に、図書館と人伝ての情報だけが頼りだった時代と、Googleに教えてもらえる時代では、圧倒的に後者の方がわかることが多い(玉石混交ではあるけれど)。情報をいち早く手に入れる、ということだけが重要ではないにせよ、他者との間で優位に立ったり頼られたりする一因ではあると思う。

でも、もちろん、雑誌を買うにはお金が必要で、900円の雑誌を1年買ったら1万円を超す。「たのしい幼稚園」を買える家庭の子には新しい情報が手に入る。

幼児期の経済格差はモノ(雑誌、付録、オモチャetc.)を持っているか持っていないか、ということだけに響いてくるのかなと思っていたけれど、手に入る情報にまで影響を及ぼすのだな、ということを知った。

 

 

スタートゥインクルプリキュアは多様性とイマジネーションがテーマだと思うけれど、それを売り込む雑誌やオモチャは子どもを分類し、ターゲットを絞ることで商売をするから、画一的になり、差が広がり、自分と違う誰かを想像しづらくなっていく。

 

他にも、読者プレゼントが多くて、親が子どもにあげたいでも高いから当てたいと思って個人情報を送ってしまうのかなとか、英語の紹介ページのふりがながちゃんと発音を意識していてさすが英語必修化世代だなとか、気づきが多かった。いい買い物をした。

姪に見せたら喜ぶだろうけれど、これだけの影響があると思うと躊躇う。

 

ちなみに、付録の「キラキラホログラム」は楽しかった。こんな細かい作業を園児ができるのかな? と疑問に思った。私は割と器用な方だと思うけれど、ふわふわシールの台紙を剥がすときに特に細いところはときどき破れてしまった。こういう雑誌の付録が楽しめるのは、手先の器用さがある子どもなんだろうな。平面シールはやりやすかったので、ふわふわシールももっと台紙に沿って綺麗にはがせるようになることを望む。

 

 

 

死産のこと11:1年が経った

死産から1年が経った。

なんだかお腹の動きに元気がないと気づいて産婦人科に行って、心拍停止が確認され、夫と二人で超泣いて、入院して、ラミナリアの激痛に耐えていた頃だ。

 

あの数日間が、ものすごく昔に感じるし、そんなことが自分に起こったんだっけ?と他人事のように距離をとりたくなることもある。

一方で、私たちの子どもはどんな顔や声をしていたのかなぁ…と、不意に悲しくなって涙が出る。

電車やカフェやスーパーで赤ちゃんを見かけることはたくさんあるけれど、その瞬間に感情の動きを止めてやりすごすことが上手になった(私はこの状態を「無感覚」と呼んでいる)。

日常では、仕事をしたり漫画を読んだりドラマ見たり笑ったり愚痴ったりしているし、夫は今年もカープの勝敗に一喜一憂している。

1年って、長いようで、あっという間で、元気なようで、悲しみに暮れていて、全体的には穏やかになりつつあるけど、でもときどきとても苦しい、そんな不安定な時期だと思う。

 

つい最近でも、ごくたまに、私が去年妊娠していたところまでは知っている人がいて、当然子育てしていると思われているので、「お子さんは保育園ですか?」などと聞かれることがあった。仕事復帰直後とかは聞かれるだろうなという心の準備ができていたけど、ここまで来ると思いもかけないところから不意打ちでやってくる。でも、「亡くなってしまって子どもはいません」と答えるのもなんだかモヤモヤする〜と思って、ある時から、

「産休直前で亡くなってしまって、子どもはいるんですけど、育てている子どもは今はいないんです」

と答えるようにした。これが今のところ、しっくりくる答え方だと思っている。そのうち、聞かれることすらなくなっていくだろうから、その時に我が子のことをどのように表現できるのか(するかしないかも含めて)、今後の感じ方や考え方は変わっていくのだろう。

 

1年経つというこの週末をどう過ごそうかな〜と思っていたら、母と妹が遊びに来た。写真と遺骨を見てくれて、夫も含めて4人でご飯を食べに行き、最近ハマっているボードゲームをやって、帰っていった。見送ったあと、夫が「うちまで来てくれて、赤ちゃんも一緒に過ごせてよかったよね」と言った。

また、遠方に住む友達が、赤ちゃんに、と素敵な花飾りを贈ってくれた。別の友達が以前、贈ってくれたかわいいクマの置き物とともに赤ちゃんの棚が華やかになった。

元気に産まれていたら、出産祝いをもらったり、人や親戚が来て子どもと遊んだりするだろうけれど、そんな機会はもちろんない。だから、今回の来客や贈り物は、我が子のためにあったという貴重な日だった。

あとは本を読んだり、昼寝したり、ドラマ見たり、そんな感じで普段と変わらず過ごした。

 

3人で、悲しくも楽しく過ごした1年だった。

これからの1年も、いろいろあるだろうけれど、穏やかに過ごしたい。

 

 

 

WiLLies Englishを始めて5ヶ月経った

ウィリーズ英語塾を始めて5ヶ月経った。なんとか、週1の塾通いを継続できている感じだ。

 

担任制と時間枠の固定

時間も講師も固定(私は週1回50分)、というのが思った以上にやりやすい。毎回、定型の自己紹介をしなくて済むし、予約できてなくてレッスンをサボるということがない。今日は何をしようかなと考えるところをしなくて良い(本当はもっと能動的な方が良いのだろうけれど)。今のところ、月1回程度、私の都合か講師の都合でレッスンがキャンセルになっている(講師都合は1回のみ)。レッスン振替ができるけれど、予習も含めて時間をとることができず、振替ポイントがたまっているだけ。余裕がない生活はイヤだ。

6、7月は慌ただしくて予習や復習をする余裕が全然なかったが、次のレッスンで何をするかは決まっているので、とにかく開始時間の30分前になんとか帰宅して、範囲のところをザッと読んで、なんとなくワカル風を装ってレッスンに臨んでいた。一夜漬けでテスト受けて、その場は乗り切る感じ。でも、車を運転しているときに、教材のCDをかけっぱなしにして、すでにやったところを延々ぶつぶつ言っているのが良い復習になっている。仕事しつつ、“塾に通う”こと自体が大変素晴らしいと自分に言い聞かせ、このくらいのペースでできる時にやるしかない、ということにしている。

 

RLC(Reading, Listening and Conversation:シャドーイング

シャドーイングとリピーティングという2つの練習方法が挙げられている。シャドーイングは大変だけれど、CDで予習が結構できているとわかることが多い(講師の方がCDよりもゆっくりだから)。一方、リピーティングも講師からときどき提案される。講師が区切りのいいところまで読んで、それを繰り返して言う。やっていて気づいたのだけれど、数単語を聞いて覚えることができない。すぐ忘れる。たぶん、日本語でも忘れる。もちろん日本語の方が文法や単語に馴染みがある分、覚えられるだろうと思うと、結局、語彙と文法の問題かなとは思うけれど、記憶力の問題も絡んでいる気がする。

講師が、最初よりも速いスピードについてこられるようになっているネ! Good Job!! とほめてくれるので、講師が言うならそうかもしれないな!と思って、毎回、Thank you.と言っている。この返しのバリエーションもなんとか増えないものか。

 

GCC(Grammar, Composition and Conversation:瞬間英作文)

予習不足が如実に出る。一夜漬け戦法でレッスン1回分は乗り切れるけど、何回か終わると「shuffle test」としてまとめて振り返りをするので、そこはごまかせない。

GCCで身についてかも、と思ったこと。先日、英語圏の人と話をする機会があったとき、目的地まで移動しながら、私自身は道を知らずに他の人について行っているだけという状況で、「I don't know where to go.」という一言がスッと出て、言った自分が驚いた。この言い方、GCCでやったなーと思って、探してみると、

疑問詞+不定

I don't know what to do.

の単元だった。練習問題が非常に印象的で、

私は誰と結婚したら良いのか分からないんです。

I don't know who to marry.

どんな少女漫画的展開だよ、と思いながらレッスンをやったのを覚えている。

なるほど、全く同じ文章でなくとも、状況に合わせて言えることがあるのだな、と実感できた。こんな短文を一つずつ覚えて会話できるのかなぁ…と思っていたけれど、短文が出てこない奴に長文は話せない、と思って続けている。

 

講師

どのオンライン英会話でも見られるように、フィリピンの講師だ。とても明るくて、テンションが高くて、very Japaneseである私は最初は気圧されていたけれど、次第に慣れてきた。それでも毎回、だんだん自信がなくなって声が小さくなる私に、最後まで変わらない調子でレッスンを続けてくれることに感謝している。

ウィリーズのホームページや他の方のブログなど見ると、自分で何をしたいか講師に提案する(ディスカッションを入れてほしいとか、自分の英作文を添削してもらって読むとか)ということをしていて、ああ、より実践的で身についていいんだろうなぁと思うけれど、なかなかそこまで考えられない。それでも、講師からときどき、絵の描写とか作文クイズとかいろいろ提案してくれるので、マンネリにならずにできている。

 

今のところ

とりあえず1年は続けよう、と始めてから、5ヶ月が経った。先日の英語圏の人との会話では、少し聞き取りやすく、話がしやすく、なったような気がしないでもない。

 

しかし、ウィリーズ英語塾のホームページ、新しくなって良いのだけど、講師たちが女子大生集合写真みたいになってるのどうなの。

 

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恩師のお返事

学生時代の恩師に連絡する機会があり、一緒に近況報告として死産のことを伝えた。妊娠していた時に会っていたので、どこかで伝えないとなーと思いつつ、直接会う機会もないし、どうしよう…と思っていたところで、私としてはちょうど良かった。

妊娠していた頃に会ってから2ヶ月後くらいに亡くなったこと、その直後は落ち込んで家にこもって生活していたこと、その後復職してぼちぼち過ごし、新年度になってからも気持ちはときどき落ち込むけれど仕事はできていると思うこと・・・を伝えた。

恩師からは、「悲しいことがありましたね。とにかく時間がかかるでしょうね」とお返事いただいた。現在、仕事が変わらずできているということは大事ですね、とも。安易な励ましはなく、今後のことにも触れなかった。

 

本当に、時間がかかる。

 

身体的には問題ないし、日常的には以前と変わらず仕事ができている(寧ろ、仕事はなぜか増えている)。それでも、慌ただしい1日を終えて帰る車の中とか、最近は大丈夫になったはずなのに赤ちゃんを見かけたある時突然とか、なんだか落ち込む。特に最近、暑くなるにつれて、去年妊娠していた時は暑い中お腹抱えて歩いていたなぁとか、そんなことを思い出すことが増えた気がする。11ヶ月が経ち、もうすぐ亡くなった日が近づいてくるというアニバーサリー効果もあるのだろうと思う。

大事な対象(子、親、配偶者、友達、場所、自分の状態 etc.)を喪失した時に起こる反応を「悲嘆反応」と言ったり、悲しみや罪悪感などの感情や考え方・行動の変化のプロセスを「喪の作業」と言ったりするけれど、そうした過程って一見大丈夫な感じに見えても心の底で少しずつ進んでいるものなのだなぁと実感することも増えた。

危機に陥った人間の心は、一時的には混乱したり落ち込んだり、いろんな反応を示すけれど、じゅうぶんに悲しむ機会があったり、そのことを誰かと共有したりできることで、通常は日常生活が送れる程度には少しずつ収束していく、という。悲しむ時間がとれなかったり、無理に(不自然に)断ち切ろうとしたりすると、悲嘆の苦しみは複雑化・長期化しやすい、とも聞く。災害などの危機的状況では、普段と異なるさまざまな反応が起こることについて「異常な事態における正常な反応」だと言われている。通常と異なる大変な状況では、どんな反応(感情・行動)も起こりうるしおかしくない、ということだ。

だから、死産して最初の1ヶ月に起き上がれない、涙が止まらない、寝つけない等々あったことはそんなものだろうと心のどこかで思っていたけれど、11ヶ月が経っても、思いもかけないきっかけで悲しくなったり投げ出したくなったりする、ということがあって、まだまだ「異常な事態における正常な反応」は続いているようだ。

 

そんなことを感じていた矢先の恩師の返事は、悲しみと共に過ごす、ということをわかってくれているような気がした。

もうすぐ1年になるし、お盆もある。日々の忙しさから少し距離をおいて、気持ちにじっくりと向き合おうと思う。